この仕事に就いたのは特に音楽が好きだからいうわけではなかった。当時ボクにあ
ったのは映画だけであって「映画の近く」にいられればそれでよかったのだ。しかし
そんな映画の中にたった2つだけだが確実にボクの感情を揺さぶった音楽があった。
それはフランス映画の中の退廃的なフレンチ・ポップの響き、それからグリーナウェ
イ映画で奇妙な螺旋を描いていたナイマンのミニマリズム=現代音楽だ。ボクの音楽
趣味の原点はまさしくココにある。これがポイズン・ガールフレンドの音楽との出会
いにまで繋がっていると言えば少々強引だろうか。
今は断わりたくなるくらいいろんな音楽に触れられる環境にいる。アンテナを向け
る方向も以前とは較べものにならないほど増えたと思う。音楽が無ければ生きていけ
ないという域まで達しているとはまだ言えないまでも、生活の相当の部分を音楽と共
にいる自分として果たして本当に好きな音楽とは何なのだろうかと考えるとき、最も
単純な言葉は「腰にくる」類いのものだ。歌謡曲であろうとオルタナであろうとテク
ノであろうと踊れるものならボクは踊る。恥ずかし気もなく踊る。かつては家の外に
出ることを知らなかったボクのこの特殊行為は、音楽という麻薬にボク自身が飲み込
まれていった過程と密接にリンクしている。
こんなボクにとって『circularhythm』はどういう存在になるのか。少なくとも1曲
目『tea 4 two』のほんの最初のフレーズでこのアルバムが今後しばらくは重要な精
神的要素になることだけは確信した。前々から「只今制作中です」というのを聞かさ
れていて期待を持っていたのは当然だが、クラブを長い間離れたnOrikOサンがどんな
作品を出してくるのか正直これまでのPGFファンとしての不安はあった。それが「DO,
DA…」というコーラスで一瞬の内にどうでもよくなってしまったのである。
例えばこのkiss-O-maticを国際的に認知してもらうのにこれ以上何が必要だろうか
。もう一人の人物NOBBYというヒトがソロでUSAデビューしたというその実力をこのユ
ニットでもいかんなく発揮していることは疑いようもない。ドラマツルギーのないエ
クスタシーを生み出す音楽としてテクノは欧米だけではなくこの日本でも現在かつて
ない最高潮の盛り上がりを見せている。中でも『circularhythm』のそこかしこに漂
うデトロイト系のノリは確かにテクノ流行の一翼を担ってはいるものの全て同じに聴
こえては何にもならない。感覚神経を絞りきって創り出したと思われるシンセの音色
やギターのラインが全体にムチ打つようにバシバシの個性として作用している。ハウ
スというものが一度テクノと袂を分かち再び今度はテクノの中へ内包されていくよう
な時代において、このようなエクスペリメンタルなサウンドと重厚なリズムの融合が
最もボクら「腰にくる」種族を奮い立たせてくれる。
未だ常時テクノに触れられる環境の無いこの福岡で先日初めての大規模なテクノ・
レイヴ・パーティーが催された。そこではボクのように初めてレイヴ・ムーヴメント
を体感した人達も大勢いたことだろう。k-O-mのアルバムを聴き終わって最初に思っ
たことは『とにかくこの曲で踊りたい』ということだ。こんな曲でもう一度あれだけ
たくさんの人達と共に時間と空間を分かちあえたら。主観消化で1対1コミュニケーシ
ョンであるはずのボクらと音楽の関係を一つの意識で結び付けてくれるもの。『circ
ularhythm』は現代に棲息するボクらの感覚に落とし込まれた道標の役目を確実に果
たしてくれるに違いない。
タワーレコード福岡店 J-POP/WEB担当
上村 崇